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参考図書
戸畑大観 戸畑市史 北九州市史
年代 | 出来事 | 概 要 |
---|---|---|
6世紀後半 | 名護屋岬古墳群 | 1号~3号墳。昭和11年発掘。 |
古墳時代後期 (6~7世紀) |
牧山古墳 | 当初存在した30基の円墳群のうち1号墳丘 2号墳丘 が残る。土師器、須恵器、蟠虵紋鏡など出土。 |
永正年間 (1504~1521) |
中の島城築城 | 照養寺の開基竹内治部が河斗島(カバシマ)に築城したとされる。 |
慶長5年 (1600) |
三宅若狭守 若松城を築城 | 黒田氏の筑前入国に伴い、河斗島に若松城を築城。一国一城令により廃城となる。 |
享和3年 (1803) |
戸畑祇園始まる | |
明治22年 (1889) |
戸畑村と中原村合併 | 戸畑村となり、現在の市域が固まる。 |
明治32年 (1899) |
戸畑町制施行 | |
明治41年 (1908) |
明治紡績創業 | 松本健次郎を代表社員として資本金200万円で戸畑町牧山に設立 |
明治42年(1909) | 若松電燈戸畑創業 | 800世帯に電灯が灯る。 |
明治42年 (1909) |
明治専門学校開校 | 辰野金吾博士、平賀義美博士等を来賓として迎え、仮開校式を行う。 |
明治43年 (1910) |
戸畑鋳物創業 | 日産コンツェルン総帥となる鮎川義介氏の初の事業として創立。後の日立金属。 |
明治45年 (1912) |
旧松本家住宅竣工 | 松本健次郎旧宅兼明治専門学校の迎賓館として明治41年から45年に建設。 |
明治45年(1912) | 小倉ー戸畑線開通 | 九州電気軌道(現在の西鉄)により小倉ー戸畑間の電車が開通。 |
大正4年 (1915) |
久原製鉄計画発表 | 鮎川義介氏が久原鉱業による名護屋岬一帯の買収を発表。 |
大正7年 (1918) |
東洋製鉄 | 戸畑製鉄と東洋製鉄が合併。 |
大正10年 (1921) |
東洋製鉄、八幡製鉄所に | 第一次大戦終了後の不況により東洋製鉄の経営が悪化。八幡製鉄所に経営移管される。 |
大正10年 (1921) |
明專、官立移管 | 大正3年の欧州大戦による物価暴騰のため深刻な経営悪化に陥り、やむを得ず明治専門学校を国に献納する。 |
大正13年 (1924) |
戸畑市へ | 市制施行。 |
昭和5年 (1930) |
共同漁業戸畑へ移転 | 下関より一文字海岸埋め立て地に移転。昭和11年共同漁業ビル竣工。 |
昭和37年 (1952) |
若戸大橋開通 | 前夜祭では橋上を戸畑祇園提灯山笠が運行した。 |
昭和38年 (1953) |
北九州市発足 | 戸畑市から戸畑区へ。仮庁舎として戸畑市役所が使われる。 |
平成21年 (2009) |
明治専門学校創立100周年 | |
平成24年 (2012) |
若戸大橋開通50周年 | 若戸大橋を歩いて渡るウォーキングイベントが行われました。 |
平成30年 (2018) |
北九州市制55周年 | 平成最後の年、北九州市制55周年を迎え様々なイベントが行われました。 |